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2010年8月7日17時00分JSTごろ出現の琵琶湖火球
消滅点直下の地点の現地調査(調査日:2012-6-29)

報告者:上田 昌良

出現時には、まだ太陽が沈んでいなかった時刻のため、この琵琶湖火球は昼間火球であった。この
琵琶湖火球に伴う隕石雲を東大阪(大阪府)と伏見(京都府)他で撮影されていた。これ
らから司馬康生氏らは、隕石の落下地点を琵琶湖の西側との予報値をだした。そこを野村敏郎
氏が2010年8月末に現地調査をした。当方はこの年の異常な猛暑で現地調査はしなかった。

一方、防災研Hi-net(防災科学技術研究所、気象庁、全国の大学の地震観測ネットワーク)に
よって、火球が音速を超えて飛行した際に、衝撃波が地上に伝播して発生したソニックブームが
あったと考えらた。それで地震計のデータから、京大防災研の山田氏らは火球の飛行経路を推定
した。この結果は2010年8月にWebに図が公開された。しかし、経路などの数値の発表がなく
2年近くが過ぎた。
ひょんなことから山田氏の個人のホームページに琵琶湖火球の解析結果の投稿論文が掲載さ
れていたことがわかった。
論文名:
Trajectory of the August 7, 2010 Biwako Fireball Determined from Seismic Recordings
Masumi Yamada1 and Jim Mori1
Earth Planets Space, 63, 1.18, 2010
この論文による火球の消滅点の直下地点が滋賀県近江八幡市であったので、その地点の
現地調査に2012年6月29日に行ってきた。
ただし、この論文では、隕石落下地点の予報はなかったので、当方が、勝手に消滅点の直下
地点の現地調査を行ったものである。ここでの消滅点とは衝撃波の観測からの経路上の地点で
あり、光学での消滅点ではない。



現地調査の出発は、JR近江八幡駅である。




琵琶湖火球の消滅点の直下に近い所。田園がひろがっていた。





今回の現地調査は、近江八幡駅近くでレンタルサイクルを借りた。調査にはちょうど良いスピードだっ
た。当日は、改正で、梅雨の中休みだった。




この付近が、琵琶湖火球の消滅点の直下地点付近である。サイクリング気分で東へ西へ、、、2時間ほどうろついた。もちろん、可能性はゼロに近いが、隕石らしき石に注目しながら、、



「ダイサギ」であろう、水田でエサをさがしているのか、暑い中、自転車に乗ってうろついているバカな人間をみているのであろうか。



平地でなく、山林は捜索ができない。山林に入るなら、完全防備の服装が必要。毛虫、ヘビ、蚊など
敵は多い。



田んぼの中にある石は、耕すときに邪魔な物として、田んぼの外へ出されている可能性がある。
そうであるなら、画像のように石が捨てられているはずで、これらの石に注意するのも一つの考え方。




広いグランドは、掃除をする人がグランド内の石を隅へ下記のように集めて置くはず、それで集められた
石を注目すれば、効率が良い。





八幡山へロープウエーで昇った。



八幡山から、琵琶湖火球の消滅点の直下の地点を見る。
今回は、隕石は見つからなかった。琵琶湖火球に伴う隕石はこの対岸の琵琶湖の西側という予報が
出ていた。しかし、可能性はゼロに近いが、突入角が約55°と急であり、こぶし大ぐらいの大きさなら、
東側に落ちてもという発想で現地調査に出かけたのでした。
それより、健康サイクリングをしながら、八幡宮、水郷、元日本流星研究会事務局などを見学するのも
楽しいものである。